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正見

    正見は、四諦の一つの道諦・八正道の第一項目です。
    正見とは、簡単に言うと正しい見解です。
    正見の真理を掴むのは、簡単そうに見えて、意外と難しいのです。
    正見の反対語は、「邪見」と呼びます。
    正見は、正見だけの意味ではなく、十正道の「正信」に含まれています。
    正しい信仰を基づいて、他の人を見たり、世の中の色々な出来事を見たり、色々な言論について見たりしています。
    幸福の科学の教えの正しい信仰を基づいて色んな事を見ています。
    しかし、幸福の科学だけではなく、間違った信仰を基づいた宗教(邪教)を入っていた場合、自身の視点を他の人や自分や日本や世界などの起きている事を見ると狂気の世界に見えてしまうのです。
    それは何故か?
    正しい信仰を持っていないとこの世は狂っていると勘違いし、色眼鏡にかかってしまう。
    正見の反対は「邪見」と呼びますが、間違った信仰のままに間違った見解を持ってしまいます。
    邪教の教えは、邪見に繋がり、間違った見解になります。
    それが、「宗教的なる邪見」です。
    また、宗教に属していないもののは、「この世的なる邪見」と言って、唯物論的な思考になります。
    霊的な世界はあるし、あの世は実在するし、人間の本質は霊であり、人間は、過去・現在・未来を転生している存在です。
    このような見解を持って、自分を見て、他の人を見て、世界を見ている人と、この世限りの思いで見ている人、物質的のみ見ている人とは見解が全然違うのです。
    こうした、間違った見解は邪見になりますが、正しい宗教を信じている人の見方は、全く逆になります。

    その為、正見というのは、正しい宗教的信条に基づいたものの見方です。
    間違った見方は、正見から先には進めないのです。
    従って、邪教ではダメで、宗教的信条を持っていない人も正見から進めません。
    間違った正見の見方にすると地獄的な悪霊、悪魔に取り憑かれたりしますので、物事の見方が非常に大事だと言えます。
    邪教の教えや唯物論的な物事を見ると全く逆の考え方をします。
    それでは、正しい見方のポイントは、「縁起の理法」で見ていく事です。
    例えば、今日は、私はこういう事をした。
    世の中でこういう事が起きた。
    起きた原因は何か?
    起きた事が原因となって次の展開が出てくる。
    その展開を解決する為に私は何かをなした事で、次はどうなるか?というような流れは、縁起の理法といって、「原因・結果・原因・結果」という連続に色んな出来事を見ていくのが正見の中心なのです。
    例えば、Aさんが唯物的な話をして、Bさんが間違った考えを正そうとするとAさんは「それは信じないな、間違っている」と答え、Bさんは「なんて理解して貰えないし、お気の毒な人なんだ」と思います。
    Aさんの思考を正しく変えないとAさんはこれから大変になり、地獄への道が開かれてしまうのです。
    そういう見方があります。
    正見についてのもう一つの考え方は、「四諦、すなわち、苦・集・滅・道のプロセスによって、不幸は幸福へと導かれるのだ」という見解を人生観として持つ事が大事です。





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