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一念三千

    一念三千は、念いの力のことです。
    原点は、中国の僧侶の天台大師智顗が中国の天台山で、一念三千論を説いた。
    その内容は、思い→想い→念いの順におもいの力がだんだん強くなリます。
    人間は、心の針というものがあります。
    心の針とは、人間が1日の内にある行動をすると心が揺れると心の針も揺れます。
    例えば、美しい女性の姿を見ると心の針が揺らぎます。
    他にたくさんのお金を見たり、美味しそうな食べ物を見たりすると心の針が動きます。
    また、他人が私より優秀、または、師や先生や両親などに叱られては、心の針が動きます。
    その為、人間の心は、止まることのない、揺らぎやすい。
    人間の本当の悟りは、大いなる調和と安らぎの中にあります。
    心の針が四六時中揺れ動いていては、人間は本当の心の安らぎというのもはないのです。
    心の針を磁石が常に北を指すように仏様、神様の方向を指し示すべきである。
    仏の念いを念いとして生きるように導きなさい。
    これが真の不動心であり、真の信仰なのです。
    その念いが修羅になれば、心は、阿修羅界という地獄に通じて、いつの間にか闘争と破壊の人生を送ってしまいます。
    他に色情の方向が固定化されれば、色情地獄へ。
    仏を求めていた者の念いがどこかで捻じ曲がり、僧上慢になり、天狗となると異説、邪説を説き始め、地獄の悪魔の声を如来、菩薩の声と聞き違える。
    人々を迷わせては、自らも無間地獄に堕ちる。
    その為、心の針に向ける方向は、天国に向けるように意識を持つことが大事。
    おごらず、高ぶらず、仏、神の道を歩む。
    仏法を世の人々に伝え、その教えに正しく、その人となりや清く、万人が手本とする恥じない生き方をすることも大事です。
    その為に、天国と地獄は、あの世にあるのではなく、この世にある。
    人の念いの針は即ち、一念三千であり、これがあの世に通じてしまうのです。
    その真実を知ったならば、人々は日々止観し、心を静め、自らの人生を振り返り、自らの一日を振り返り、その行いを正すようになります。
    人間は、還ってからが本番ではなく、この世で生きた時がそのままあの世で生き方を決めるから、人間は八正道を人生の基本として生きなければなりません。
    八正道の意味を極めてこそ、人間は初めて、己の心を正しく保ち、人間としての完成を見ることが出来るのです。
    一念三千は、心の針であり、正しい生き方を決める為には、八正道の意味を知る必要があります。





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